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2005年10月30日

第139号 「その時女神は微笑まなかった?」

前回は、女神が微笑んだお話しでしたが、“女神が微笑まなかった?”身近な経験のお話しをします・・・

大学卒業し、縁有って母校で講師をしていた先生の設計事務所に入れて貰えました
・・・日本の誇る世界的建築家“槇文彦”さんと東大同期生で、独立前は山下設計の設計部長をしていた、優秀でハンサムでオシャレで人間的にも尊敬でき(もう亡くなりましたが)今でも私には“永遠の先生”です

しかし私の入社後4年目に若くして亡くなられ、結果会社は閉鎖になり、
その頃妻子がいた私は、オイルショックの不況で再就職先も無く、途方に暮れかかりました・・・

しかし“拾う神あり!”
全く同時期に大学時代の恩師が、会社を作る事になったのです
教授にビッグプロジェクト・・・大学の歯学部が、都心部から郊外キャンパスへの移転の研究が舞い込んだのです

今から30年前に、事業費100億円の大プロジェクトです!

恩師は(私以外は?)優秀な教え子達を、日本中から集め“本気”で取組みました
恩師は、一時期設計事務所で実務経験も有り、学者の道以外に“建築家”への夢も捨て切れなかったのでしょう・・・

有限会社を作り“プロフェッサーアーキテクト”のスタートです

自分が経営者になり、当時の先生の年令を超えてみて、当時の先生の意気込みと、夢が理解できるようになりました

先生にとって、人生を賭け・夢を託したプロジェクトだったと思います

先生は、建築学科の主任教授・建築家・経営者の3足のわらじをはいての、超多忙な日々でした
我々弟子たちは先生の夢を実現すべく、燃えて一丸となって大プロジェクトに立ち向かいました

会社設立から2年が経過し、大学側と打合せは順調に進み、膨大な作業・レポート・マスタープランは順調よく進み、“研究”は最終局面に入り、次のステップは“設計契約”だけとなりました

多くの関係者との水面下の打合せも順調よく進んでいる様で、誰も“契約締結”に何の不安・疑いも感じていませんでした

しかし、 最終の教授会で、急転直下“移転中止”になったのです
・・・都心から郊外への移転では、“患者数の減少が懸念される”との判断でした

ここで先生の“夢”は頓挫し、
会社は事実上閉鎖になり、集まった助っ人の先輩達は(教職等)各自自分の道を歩み出し
私は2度目の失業を経験し、もう再就職する根気も失せ、これが独立する契機になりました・・・30才でした

頭脳明晰!
才能豊か!
設計力も・交渉力も
・・・・全てを持ち合わせた“天才教授”の夢がどうして頓挫しただろうか?・・・
時々思い出します

当時単なる社員であった私には、詳細な原因は解りません

しかし・・・・“その時女神は、微笑まなかった!”・・・・・気がします

才能も、地位も、名声もある天才教授には
“女神が微笑む必要が無かった”
のかもしれません

“稀に見るほどの弱者受験生”だった自分の経験と照らし合わせ
・・・女神は“弱者救済主義”なんだろうか?・・・と思ってます

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