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2007年07月17日

第222号 「老舗とピカソ」

企業の寿命は、昔は30年・最近は20年説と言われます
企業も、生物と同じ様に死んでしまうのですね
・・・しかしご心配なく。これはあくまで、同じ商品を生産(販売)し続けた場合に、商
品の寿命がその位しか持たないと一つの“警鐘”的意味も含まれます

しかしそんな20年説の中
イワユル“老舗”と言われる、創業100年以上の企業・店舗も多く存在しますね・・・
これは、どういう事でしょう・・・?

老舗と言われる企業・店舗を分析すると意外に、単一商品を作り続けて来たので
はなく、中身・商品が時代に合わせて変化し続け、創業当時とは別な企業と言って
いい位に変化しているケースが多いそうです

ブランドに“あぐら”をかいている訳ではなく、企業名は同じでも、絶えず“商品開
発”をし続けて、進化・進歩し続けて企業存続を図ってきた訳ですね

話は(いつもの様に)突然変わりますが・・・
先週“アドヴァン”と言う建材商社のご招待で、ミラノ・バルセロナの建築視察に行っ
て来ました
(・・・本心、“過剰な供応に当たらないか?”と少し迷いましたが・・・)
詳しくはブログに記しましたので、お時間が有りましたら、覗いてみて下さい

バルセロナは、オリンピック以来、世界的な観光名所になったようで、バカンスシー
ズンと重なり、街中大変な混雑でした

永遠に完成しないのではと思えた、あの“ガウディー”設計の“サクラダ・ファミリア
も、年間250万人もの“拝観料”のお陰で、
工事は急ピッチで進み出し、後20年前後で完成しそうです・・・冥土の土産?に生
きている内に見たいと思います

バルセロナでもう一つの必見の施設は“ピカソ美術館”です
邸宅を改造して作られた小さな施設ですが、ピカソの収蔵量は世界一です
・・・3度目の訪問でしたが、(ピカソファンの私には)何度訪問しても飽きない美術
館です

ピカソは1881年生-1973年(92才)没、約10才で美術学校入学から絵を描き
始めた訳ですから、現役生活約80年、その間彼は
油絵と素描 13,500点
版画    100,000点
挿絵      3,400点
彫刻と陶器    300点
を製作したのです・・・計117,200点になります
80年間の現役日数で割ると
117、200点/80年×365日=4.01点/日!!

生涯毎日4点以上生産し続けたのです
・・・多くの画家は、弟子を従え“組織”で分業していましたが、彼はたった一人でこ
れだけの“大量生産?”したのです

皆様ご存知のように、ピカソは
・ 青の時代
・ バラ色の時代
・ アフリカ彫刻の時代
・ キュービズムの時代
・ 新古典時代
と、目覚しく作風が“変化”して行きました・・・どう思われますか??
これほど作風の変化し続けた芸術家はいないと思います

経営者の私には、どうしてもピカソが、“個人商店主・ビジネスマン”に見えます
彼の作風変化が、時代の流れを読んだ“商品開発・販売戦略”に見えてならないの
です

晩年には、ヴェラスケスの“ラス・メニーナス(女官たち)”を、思いっきりデフォルメし
た作品は、私には有名作家を利用した“漫画”にしか見えません
私には、ピカソを芸術家と評価していいのは“ゲルニカ”までだと思えます

老舗もピカソも、その長寿の秘訣は“変化=商品開発”戦略だと思えてなりません
天才ピカソも、自らの商品価値を保つ為にあれほどの変化をし続けたのです!
我々凡人は、モット変化をし続けねばならない気がします

(・・・将来天国でピカソに会ったら“大喧嘩”になりそうです・・・??)

全く余談ですが
ピカソの好物は“牛の金玉の、オリーブオイルのニンニク炒め”で、彼の長寿・精力
の秘訣だったようです・・・一度お試しを(・・・しかし臭くてならないそうです)

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