第226号 「お盆の墓参り」
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お盆休みも終わり、今年も後半戦に入りました・・・残り4ヶ月ですね お盆は如何でしたが? 今年は、土日が重なったので、思わぬ大型連休になり、ご商売のほうは盛況だっ た事と思いますが・・・ ところでお盆にお墓参りに行きましたか・・・? お墓で手を合わせて、何を先祖に報告しましたか・・・? 近況を報告しながら、家族の幸せを感謝しましたか・・・? (私恥ずかしながら、手を合わせるとツイ癖か? “家内安全・商売繁盛”を願ってし まいますが・・・先祖も神と思うからでしょうか?) 本来、お盆は “先祖や亡くなった人たちが苦しむ事無く、成仏してくれるようにと子孫が、報恩の 供養をする時”だそうです” しかし(死んだら神なると信じているせいか)先祖を神と思う潜在意識が有るから か、ツイお願い事もしてしまいます・・・ 神様に優先順位をつけると (亡くなった)肉親・先祖>仏陀・神社 の気がしませんか・・・? お墓参りは、手を合わせながらも、一番身近に“死”を感じる時ですね・・・ ・いつごろ死ぬのかなー・・・? ・あと何年生きられるかなー・・・? ・死んだら、天国に行けるのかなー・・・? ・天国と地獄って本当にあるのかなー・・・? ・死んだら、先に行っている親父や、友達に(本当に)会えるのかなー・・・? 等、考えがよぎりませんか? 昔聴いた話です・・・ ある時“死”について、世界中から宗教家・科学者・哲学者等学識経験者を集め て、喧々諤々の議論をしたそうです 不老長寿の薬 死後の世界の有無 死の原因 等等 死に関する長い長い議論をしたそうです 特に死後の世界の有無は大きな議論になったそうです・・・ しかし 長い長い議論の末、結論は3つだったそうです 1 人は誰でも死ぬ 2 死後の事は解らない 3 死ぬ時は1人(一緒に死ねない) ・・・幾ら著名な学者が集まろうとこれが限界だったそうです しかし学者の議論以上に忘れてならないのは、 自分たちがこうしてお盆にお墓参りに来る様に、ヤガテ我々の死後、子孫たちは 我々のお墓に(神様にお祈りする様に)手を合わせという事ですね その時 “トンデモナイ親父だったなー”と言われず、子孫たちにとって心底から敬意を込め て、手を合わせて貰える人生を歩みたいと思います・・・ チョット説教じみた話で申し訳ありません (年に一度位は死について考える事も有意義な事と思いますが・・・) 社会がどんどん、(お金万能の)セチガライ世の中になって行く事を気にしています しかし お金持ちにも 貧乏人にも いずれは公平に死が訪れる事は避けられません 清く、正しく、一生懸命に生きたいと思います |