株式会社 田村設計

Kazの設計ざんまい

田村 和雄

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愛知県常滑市・東京都銀座在住

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  • 03/29(土)武沢先生と感謝の夕食会 ×63-13-13

    毎週土曜日に行ってきた造園工事も、事実上今日が最終日
    樹木も下草類もほぼ植え終わり、
    雨天時に築山の斜面から流れて来る若干の土砂は下草の玉カズラでホボ止まったので、ヤット飛石の間に砂利を敷詰める最も大事な工事
    ・・・一旦敷詰めるともう飛石の調整は無理になるからだ
    飛石のレベルも位置も曖昧なので、建物との平行線を合わせながら、石を1枚1枚めくり起こして微調整をして行く
    造園会社の人手が足りないので、私も大事な“1人工”
    今日1日で一気にやってしまいたい工事なのに
    急きょ決定した排水桝の増設と散水用の配管工事が、散策路を横断する事になり、折角落着き出した土の掘削工事も行われる
    その間隙をぬっての石の調整と砂利巻きは、結構ギリギリまで時間がかかってしまい、(完全に1人工化しているので)抜けられず、
    大事な役員会議を欠席する事になってしまった
    今日は6時半から、12年間お世話になった武沢先生と“感謝の夕食会”
    “休学”しても武沢先生が“師”で有る事は変らないし、
    同じ名古屋で何時でも会える関係でも有るので、あえて“お別れ会”的に行う事は止めて、何時も通りの楽しい夕食会を、
    先生の好きなワインが楽しめるイタリアン料理店で開催
    12年間も付き合って来たので、話し出すと朝まで時間が有っても語り尽くせない!
    私からは、感謝の記念品に昨年バルセロナで購入したシルバーと無垢の木で造られた“ボールペン”を・・・“お宝”的に気に入っている文具だが、
    (文豪の)先生が使うのに最も適していると考え差し上げる事にした
    武沢先生ありがとうございました!
    不出来な生徒にも拘らず、一生懸命ご指導頂き、本当にありがとうございました!!
    先生の教えを大事に
    今後ますます役員一同力を合わせて頑張って行きます

    (さらに…)

    2008年3月29日 (土) 7:13

田村プロフィール

■経歴 ・昭和47年
名古屋大学建築学科卒業後、恩師の平子勝設計に勤務
・昭和52年
恩師死去による勤務先閉鎖により、個人事務所として独立する。
・平成2年
法人化。バブルの崩壊をいち早く察知し試行錯誤の末、 業種をアミューズメント業界、
中でもパチンコ業に特化し、今日に至る
・平成6年
東京支所開設
・平成7年
ミラノにイタリア人3名雇い、デザインルーム開設
■趣味 出張先でおいしいものを探すこと
■好きな街 ・ミラノ
60才からはここに一年の半分は住みたい
・ニューヨーク
ここへも住みたい。元気になりそう
・名古屋
早足で歩いても人にぶつからない、ストレスの溜まらないイイ街だ
・常滑
恵まれた自然が生んだのか古くから多くの偉人が輩出している。
トヨタの大番頭の石田退三、ソニーの盛田、哲学者の谷川徹三、
東京電力の平岩外四、中野良子、ザ・ピーナツ、(タムラカズオ?)
そして 日本4大古窯の常滑焼き。
魚もおいしいイイ街です。ただ国際空港が出来るのが少し残念。
■特技 純粋に相手の立場に立てる。しかし熱すぎて少し嫌がられること多し
■苦手な事 IT、営業、カラオケ、パチンコ
■一言 すごい時代になったとつくづく思う。 自分の思い・メッセージを世界中、日本中に発信できるなんて夢のようです。 少しでも多くの方と出会い、ITの可能性を存分に試したいと思います。

設計観

建築設計の本質とは、建物と言うハードを通じて家庭の幸せや、 企業の繁栄といったソフトを創造する職業と思っている。そして一作ずつ愛情と情熱を込めて創る。 その思い入れが建物と言うハードに血を通わせることが出来ると信じている。 また日々力量を磨き、自分たちの作品が社会的価値や文化的価値へと 昇華していくことが出来たらとても幸せだと思う。

田村レポート