株式会社 田村設計

Kazの設計ざんまい

田村 和雄

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愛知県常滑市・東京都銀座在住

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  • 05/27(金)緊急会議 歩(130/歩)

    原発のことを考えない日はないが・・・
    最近一番不思議に思うのは・・・大量に撒き散らされた放射能は、最初の水素爆発の影響が大との事だが
    あの建屋自体が平常時から、放射能に汚染されていた訳でもないのに
    何故ただの爆発でかくも大量の放射線物質が広がったかだ
    (閉鎖回路の)炉心部分か
    使用済み核燃料のどちらかが、核爆発と同様の爆発をしなければ、放射能はかくも拡散しなかった筈だと思う
    ・・・(素人判断だが)私は“水素爆発ではなかったのでは?”との疑問を持つ
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    習慣の朝の散歩時に雨が降り出した
    コースを変更して、大須商店街のアーケード下を散歩する事にした
    社屋が地下鉄駅の出入り口の直ぐ前なので、雨にほとんど降られずに道路向かいのアーケード街に出られるのは大変助かる
    ただ、地下が深いので階段を一気に上がって来られないのが難点
    下がりながら段数を数えたら、改札階まで77段
    一段が18センチとして、約14メートル・・・ヤヤ高い4階建てのビルに匹敵する
    プラットホーム階からだと更に1層プラス
    ヤット地上に出て・・・会社は3階(エレベーターは原則禁止)なので、2層プラス
    従って
    地下鉄通勤者は、毎朝計7層分!(8階まで)階段を上がる事になる
    ・・・一気に上がると私は貧血で・・・目まいがする(・・・途中休憩しないと無理)
    (和田さんが毎朝息切れしている理由が分かった)
    アーケード街の散歩は快適
    東西2本・南北1本の計3本の通りがあるので、結構な距離が歩ける
    開店準備をしている商店街は活気があり、色んなお店がわかり、意外に楽しい
    これなら日陰だし、夏の散歩にも困らない・・・いい発見をした
    今日は、午後緊急会議
    営業の在り方を
    営業部全員に、東京所長の服部君を交えてユックリ議論する事にした

    2011年5月27日 (金) 11:03

田村プロフィール

■経歴 ・昭和47年
名古屋大学建築学科卒業後、恩師の平子勝設計に勤務
・昭和52年
恩師死去による勤務先閉鎖により、個人事務所として独立する。
・平成2年
法人化。バブルの崩壊をいち早く察知し試行錯誤の末、 業種をアミューズメント業界、
中でもパチンコ業に特化し、今日に至る
・平成6年
東京支所開設
・平成7年
ミラノにイタリア人3名雇い、デザインルーム開設
■趣味 出張先でおいしいものを探すこと
■好きな街 ・ミラノ
60才からはここに一年の半分は住みたい
・ニューヨーク
ここへも住みたい。元気になりそう
・名古屋
早足で歩いても人にぶつからない、ストレスの溜まらないイイ街だ
・常滑
恵まれた自然が生んだのか古くから多くの偉人が輩出している。
トヨタの大番頭の石田退三、ソニーの盛田、哲学者の谷川徹三、
東京電力の平岩外四、中野良子、ザ・ピーナツ、(タムラカズオ?)
そして 日本4大古窯の常滑焼き。
魚もおいしいイイ街です。ただ国際空港が出来るのが少し残念。
■特技 純粋に相手の立場に立てる。しかし熱すぎて少し嫌がられること多し
■苦手な事 IT、営業、カラオケ、パチンコ
■一言 すごい時代になったとつくづく思う。 自分の思い・メッセージを世界中、日本中に発信できるなんて夢のようです。 少しでも多くの方と出会い、ITの可能性を存分に試したいと思います。

設計観

建築設計の本質とは、建物と言うハードを通じて家庭の幸せや、 企業の繁栄といったソフトを創造する職業と思っている。そして一作ずつ愛情と情熱を込めて創る。 その思い入れが建物と言うハードに血を通わせることが出来ると信じている。 また日々力量を磨き、自分たちの作品が社会的価値や文化的価値へと 昇華していくことが出来たらとても幸せだと思う。

田村レポート