株式会社 田村設計

Kazの設計ざんまい

田村 和雄

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愛知県常滑市・東京都銀座在住

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  • 12/15(水)お別れの会

    先日、とても悲しい案内状が来た・・・“お別れの会”
    開封して信じられない思い・・・9月の建築工事の神事でお会いしたばかりで、その時は元気そうだったのに・・・
    確か私より若いはずだったが・・・
    出合ってもう30年にもなり、
    同じ頃に独立し、仕事上の付き合いもあり、親しくして頂いて、一緒にゴルフしたり、食事もした仲なのに・・・とても悲しい・・・
    ホテルの広いホール一杯の人・・・1000人は集まっていたと思う
    享年58才!・・・若過ぎる!
    別れを惜しむとても悲しい挨拶・弔辞に・・・涙が止まらなかった
    この2年ほどは闘病生活で
    神事でお会いした時は病院からだったそうだ
    皆に、愛され・尊敬されていた実に良い人を亡くした・・・残念で仕方が無い
    ご冥福をお祈りしています
    こうして身近な人が他界すると、どうしても自分の事を考え出す・・・
    あと何年生きられるのだろう?
    生きている間に、会社・家庭の事のやり残しを無くし、引継ぎができるだろうか?
    戒名をどうしよう?
    葬儀はどんなスタイルでやって貰おうか?
    私の性格では・・・
    生きている内に、厚情へのお礼の挨拶文を記し(送付は葬儀後)
    戒名も無く・葬儀は身内だけで済ませ
    静かにこの世を去りたいと思う
    ・・・ただ出来うればまだ先であって欲しい・・・まだ宿題に何年かかるやら??
    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
    夕方、取引先企業さんの創業40周年記念パーティーに出席
    一日の内に、
    悲しい会と祝賀会に参加し、複雑な心境
    この会社の前社長さん(現会長)の自宅を設計させて頂いたのは・・・もう何年前の事だろう?
    会長さんは・・・たしか私より3才くらい若いと思うから・・・60才にして創業40年はスゴイ!
    “企業の寿命20年説”の中、40年間繁栄し続けたのは立派な事だ

    2010年12月15日 (水) 1:52

田村プロフィール

■経歴 ・昭和47年
名古屋大学建築学科卒業後、恩師の平子勝設計に勤務
・昭和52年
恩師死去による勤務先閉鎖により、個人事務所として独立する。
・平成2年
法人化。バブルの崩壊をいち早く察知し試行錯誤の末、 業種をアミューズメント業界、
中でもパチンコ業に特化し、今日に至る
・平成6年
東京支所開設
・平成7年
ミラノにイタリア人3名雇い、デザインルーム開設
■趣味 出張先でおいしいものを探すこと
■好きな街 ・ミラノ
60才からはここに一年の半分は住みたい
・ニューヨーク
ここへも住みたい。元気になりそう
・名古屋
早足で歩いても人にぶつからない、ストレスの溜まらないイイ街だ
・常滑
恵まれた自然が生んだのか古くから多くの偉人が輩出している。
トヨタの大番頭の石田退三、ソニーの盛田、哲学者の谷川徹三、
東京電力の平岩外四、中野良子、ザ・ピーナツ、(タムラカズオ?)
そして 日本4大古窯の常滑焼き。
魚もおいしいイイ街です。ただ国際空港が出来るのが少し残念。
■特技 純粋に相手の立場に立てる。しかし熱すぎて少し嫌がられること多し
■苦手な事 IT、営業、カラオケ、パチンコ
■一言 すごい時代になったとつくづく思う。 自分の思い・メッセージを世界中、日本中に発信できるなんて夢のようです。 少しでも多くの方と出会い、ITの可能性を存分に試したいと思います。

設計観

建築設計の本質とは、建物と言うハードを通じて家庭の幸せや、 企業の繁栄といったソフトを創造する職業と思っている。そして一作ずつ愛情と情熱を込めて創る。 その思い入れが建物と言うハードに血を通わせることが出来ると信じている。 また日々力量を磨き、自分たちの作品が社会的価値や文化的価値へと 昇華していくことが出来たらとても幸せだと思う。

田村レポート