株式会社 田村設計

Kazの設計ざんまい

田村 和雄

田村 和雄

愛知県常滑市・東京都銀座在住

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  • 09/01(木)原因は母親か?

    “光の筒”の点滅は良く出来ていた
    与えた課題の“バイオリンの音色のように滑らかなリズム感”
    はかなり消化してもらえた
    合格だったので、目的は1分で終わってしまったが
    島工事も終わり、養生シートもとれ床が現れ、全体の色彩のトーンが分かるようになっていたので店内をジックリ見学
    品があって優しく良い店舗になったと思う
    元々中年女性が多い客層を意識した店舗・インテリアなので
    正解だと思う
    限られた敷地・建築基準法・多くの要望の中、よく出来たと思う
    しかし、その条件のハンディーキャップをいささかも感じさせない店舗になったのはプロの誇り(腕)!
    現場が結構遅くなり
    先に来ていた棚橋君と、回転寿司店で遅い夕食
    札幌の回転寿司は、食材が豊富で新鮮のせいか超美味!
    現場の出来上がりの満足感と安堵感が余計美味しさをプラスしてくれた
    ・・・・・・・・・・・
    今朝は5時起き
    7時半のANAで中部空港へ
    今朝も不快な女の出現
    JR千歳駅改札出口、切符を入れようとした瞬間
    オバサンが私の手を払う如く平然と割り込んで来た・・・昨日の謎が解けた!
    原因は母親だ!
    小さい頃からこうした母親と行動を共にする内・・・潜在意識の中に刷り込まれて行くのだろう
    昼前に帰社後、机上整理
    午後2時から青経塾のブロック研修の第1回会議
    若い頃青経塾の活動をほとんどして来なかったが・・・最近所属する塾の垣根を越えての交流会が結構面白い
    色んな職業の経営者の集まりなので
    会合を通じて各人のビジネスが垣間見える事も興味深い

    2011年9月1日 (木) 1:34

田村プロフィール

■経歴 ・昭和47年
名古屋大学建築学科卒業後、恩師の平子勝設計に勤務
・昭和52年
恩師死去による勤務先閉鎖により、個人事務所として独立する。
・平成2年
法人化。バブルの崩壊をいち早く察知し試行錯誤の末、 業種をアミューズメント業界、
中でもパチンコ業に特化し、今日に至る
・平成6年
東京支所開設
・平成7年
ミラノにイタリア人3名雇い、デザインルーム開設
■趣味 出張先でおいしいものを探すこと
■好きな街 ・ミラノ
60才からはここに一年の半分は住みたい
・ニューヨーク
ここへも住みたい。元気になりそう
・名古屋
早足で歩いても人にぶつからない、ストレスの溜まらないイイ街だ
・常滑
恵まれた自然が生んだのか古くから多くの偉人が輩出している。
トヨタの大番頭の石田退三、ソニーの盛田、哲学者の谷川徹三、
東京電力の平岩外四、中野良子、ザ・ピーナツ、(タムラカズオ?)
そして 日本4大古窯の常滑焼き。
魚もおいしいイイ街です。ただ国際空港が出来るのが少し残念。
■特技 純粋に相手の立場に立てる。しかし熱すぎて少し嫌がられること多し
■苦手な事 IT、営業、カラオケ、パチンコ
■一言 すごい時代になったとつくづく思う。 自分の思い・メッセージを世界中、日本中に発信できるなんて夢のようです。 少しでも多くの方と出会い、ITの可能性を存分に試したいと思います。

設計観

建築設計の本質とは、建物と言うハードを通じて家庭の幸せや、 企業の繁栄といったソフトを創造する職業と思っている。そして一作ずつ愛情と情熱を込めて創る。 その思い入れが建物と言うハードに血を通わせることが出来ると信じている。 また日々力量を磨き、自分たちの作品が社会的価値や文化的価値へと 昇華していくことが出来たらとても幸せだと思う。

田村レポート